「過保護のカホコ」第4話あらすじ&時任さんの娘は歌手の・・・

「過保護のカホコ」第4話ストーリー

カホコが生まれて初めて泉に反抗したことで、
固い絆で結ばれた母娘の関係は冷戦状態に突入する!

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間を取り持とうと奮闘する正高(時任三郎)は、
お互い譲らない2人の板挟みに遭ってしまう。

そんな中カホコは、勢いで告白したまま逃げ出してしまった
初と顔を合わせづらく悩む。


人は誰かと出会うことによって自分を変えることができる
と言う叔母の環(中島ひろ子)の言葉に励まされ、
改めて初に会うカホコだったが・・・

変な期待をさせないほうがいいと思った初から、
「過保護でガキっぽいところがタイプではない」と
あっさりフラれてしまい…。


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人生初失恋のあまりのショックから食事もとらず
部屋に引きこもるが、

失恋中もしっかり空腹を感じることに自己嫌悪で落ち込むカホコ。

正高は泉に隠れてカホコに差し入れをするが、
そのことが泉にばれて過保護だと責められる。

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一方退院したイト(久保田紗友)
カホコを通じて知り合った初を尋ねるが、

チェロを弾けなくなったことを親のせいにするイトに
初は冷たく接してしまうのだった。

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部屋に引きこもったまま『失恋から立ち直る方法』
調べるカホコに、

正高は気分転換のため泉の実家を訪ねることを提案。

しかし、集まった親戚もタイミング悪く各々の家庭の問題を抱え、
いつもおしゃべりな泉がいないこともあって空気が沈んだまま。


失恋の痛手を忘れるにはお酒が効くと聞いたカホコは、
初めてお酒をがぶ飲みし、酔ってしまう。

そしてその勢いのまま初の元へ向かう!


引用元 http://www.ntv.co.jp/kahogo-kahoko/



「過保護のカホコ」第4話 感想

カホコとママが初めて冷戦状態になった。

大学4回生で初恋して、
親にも初めて反抗すること自体が遅すぎるけど。

その分痛みが大きいでしょうね。

自分の10代の頃の失恋を想い出したけど、
やはりこの世の終わりの様に落ち込みました。


でも、その失恋を乗り越えて、
最終的には初君に必要とされたカホコ。
最後は笑顔が戻って良かったです。


従姉妹のイトちゃんも初君の事が
気になりだしたのか?

でも、親の事をデスってしまい、
初君に厳しく叱咤されると、
怒って帰ってしまいましたが。


イトも今まで周りの大人は大事に
扱われてきたから、初君の叱咤がきっかけで
恋心に変わっていくんではないでしょうか?


ここに普段チヤホヤされてる、美人な女を
落すためのヒントがありますね。


今後はカホコとイトと初の三角関係の
恋愛バトルが繰り広げられそうですね!!


カホコの親戚もそれぞれに家庭内でもめ事が
あるようですが、


ラストシーンでは、カホコとママに
引っ張りまわされたパパがとうとうキレてしまいましたね。


パパの言い分はよーく分かります!

うちにも年頃の子供が3人と嫁がいますが、
あのパパの様にキレそうになる事、

ていうか、キレることも度々あります。

昔と違って、今頃の父親は立場的に
色々大変です。

嫁が子供に、父親の威厳を教えないから!

泉の様にあんなに小言が多い嫁と、
よくも20年以上も生活して来たな。

正高パパは根気強くて凄いと思いました。



頑張れ!正高パパーー!




と言う事で・・・


今日はカホコのパパ役の時任三郎さんを特集します。

本名 時任三郎

1958年2月4日生まれ59歳
生誕地 東京都世田谷区

青森県弘前市を経て大阪の松原市で育つ。

身長188センチ
体重84キロ
血液型O型

1980年から活動

1973年大阪市立工芸高等学校に入学。
1976年大阪芸術大学デザイン学科入学するが
2年半で中退し上京する。

その後、俳優養成所に通い1980年に舞台「ヘアー」
で俳優デビューする。

その頃はバンド活動も行っており1981年にシングル
「川の流れを抱いて眠りたい」でレコードデビューする。

俳優としては1983年からドラマ「ふぞろいの林檎たち」シリーズで
注目を集め、以降多くのテレビドラマや映画に出演する。

1,980年と1987年には日本アカデミー賞優秀主演男優賞受賞した。

1988年に三共が発売した栄養ドリンク、
「リゲイン」のCMにて「24時間戦えますか?」
と言うキャッチコピーとともに初代CMキャラクターで人気を得る。


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1989年に入り「牛若丸三郎太」と言うキャラクターにふんしたことから
話題になり、後にシングル化としてリリースされた「勇気のしるし」
CMで歌い大ヒット曲となった。


家庭では非常に子煩悩であることで知られる。
1999年当時3児の父であった時任は、子供をのびのび育てたいと
家族でニュージーランドに移住。

その間役者の仕事はほとんど入れずに、
すべての時間を家族とのふれあいに使った。


2016年に娘が「cana」の名前で歌手デビューした。

また長年大阪に在住していたこともあり、
関西出身のタレントや芸人と共演する時は関西弁で話すことがある。



時任三郎さんは私も好きな俳優さんの1人です。

やはり代表作で思いつくのは「ふぞろいの林檎たち」
まだ大学生の役をしてた時任さんが同性ながらカッコ良く観ていました。

不良グループと喧嘩をするシーンでは急に
どっからでもかかってこい、誰からでもかかってこんかい!」
関西弁に変わったシーンで、「え、この人関西人なんや」と
親しみを感じたものです。


でも、プロフィールでは、産まれは東京の世田谷みたいですね。
でも、育ったところが大阪の松原市だけに、
関西弁が染みついてるのでしょう。

時任さんは特にイケメンという顔ではないですが、
笑うとすごく愛嬌のある可愛いい顔してるし、

また「Drコトー診療所」では武骨で骨太な
男気のある海の男の役柄もすごくハマってましたね。

それとは反対に今やっているカホコのパパ役は
少し頼りなく優しさの溢れるマイホームパパ。

なので、若い女性のファンも多く、
佐々木希や佐藤ありさといったファンを公言している
芸能人も少なくないみたいです。


あと昔、映画館で観た作品では藤谷美和子さんと
共演していた「海燕ジョーの奇跡」がめっちゃカッコよかったです。


それとドラマでは倉本聰さんの「ライスカレー」
ライスカレー屋をやるつもりでカナダに行くけど、

トダブルに巻き込まれて
結局丸太小屋作りする青年の話。
ここでも、藤谷美和子と恋人役でした。


このドラマで挿入歌になっていた
「川の流れを抱いて眠りたい」はよくカラオケで歌ったもんです。

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幅の広い役も上手くこなす、ベテラン俳優の時任さんも、
もうすぐ還暦なんですね。


学生役の頃から観て来て、時任さんと同じ様に
自分も歳を重ねて来たわけで。

振り返るとあっという間に人生の終盤が見えて来ました。


でも、これだけ数々のドラマや映画が自分の軌跡として、
残ってる俳優さんて、やっぱりいい仕事だと思います。

高倉健さんも亡くなってはや3年近くなりますが、
今だにCS放送では毎日の様に健さんの映画放送してますからね。
会いたかったらいつでも観れます。




そして娘の花夏(Cana)さんにも触れておきます。
生年月日1993年8月11日ニュージーランド生まれ
身長 169センチ
特技 英会話


ニュージーランドで生まれて9歳まで住んでいました。

なので英語はベラベラみたいです。
子供をのびのび育てたいと言う時任さんの親心は、
同じ親としてよくわかります。


そして子供が大きくなった2003年に帰国。

Canaさんが歌手になったきっかけは時任さんの
影響受けて芸能界に憧れたかというとそうではなさそうで。


高校の時にスカウトされたようです。
そして2015年頃事務所の人に歌を勧められたのがきっかけで、
アマゾンビデオのオリジナルドラマ『はぴまり』の挿入歌
あなたとずっと」を歌うことになったそうです。

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canaさんには2人の兄とお母さんがいますが、
お母さんも昔女優とタレントをしていた橋本千佳さんです。

もちろん時任さんの奥さんですが。

現在千佳さんは、スピリチュアルカウンセラーや
ヨガのインストラクターとして活躍されているそうです。



息子さんも芝居をしているとの情報はありましたが、
名前も顔も分かりませんでした。


時任さんは顔が俳優の斎藤工さんと似てると言う事で、
実は親子なのでは?



という、噂もあるようですが・・・


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うん、確かに、親子でも不思議ではないですね。



でも、時任さんの結婚は1991年で斎藤さんの生誕は1981年なので、
年齢からして、親子では~~~~~~~なーい!!




今日はカホコのパパは私生活でも子煩悩
ということをお伝えしました。





読んでいただきありがとうございました。







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